fc2ブログ

恋文職人

人恋しい秋、読書の秋

貴方はこんな寂しさを経験した事ありませんか?

歩いていて、顔見知りの人が正面から自転車で走ってきました。
その人はイヤフォンをつけていましたが、間違いなく貴方の知ってるあの人。
声かけても届かないだろうから、と
顔芸をして挨拶をすることに、

・・・あれ、素通りされちゃった。

ありませんか?
もの凄く寂しいですよ。

10月も水曜日で終り。
11月最初の週は佐賀のインターナソナルバルーンフェスタ、大学祭、産学連携フェアなどイベントの週です。
それと、私も参加する25時間耐久駅伝。
イベントが一気に過ぎると冬の足音がリアルに聞こえてくるような気がします。
明け方に急にかかってきた長電話に、相槌をうちながら
そんなことをぼんやりと考えていました。

大崎善生さんの「別れの後の静かな午後」を読みました。
書き出しが印象的な短編が沢山収められていて、一気に読み終えてしまいました。
大崎さんの描く男性は、何処か欠落してる、何処か傷ついている大人の男で、でもそれが不自然には感じないくらい、ドキっとさせられる話ばかりでした。
小説であるのに、それが決して幸せな結末を迎えなくても、
自分が男である事も悪くないと思えることという(笑)
「別れの後の静かな午後」は中央公論新社から定価514円+税で発売されています。
もし本屋に寄られる際には探してみてください。

スポンサーサイト



  1. 2007/10/29(月) 14:51:00|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

望郷

今日は友人と三人でドライブにいってきました。
と言っても連絡が来たのが6時半ごろで色々私用もあり、
開始が夜の10時ごろに。
途中先輩が合流して三人でご飯を食べ、夜景を見て、話をして解散になりました。
先輩が先に降りて帰り道。
以前何度もドライブで通った国道をくるりの「ばらの花」を聞きながら帰る。
食べていたうまい棒のせいで、口の中がヒリヒリしながら、
なんだか懐かしい不思議な気持ちになっていました。
眠りたいというわけではないけれど、気だるい気分で車に揺られること、最近なかったので余計にそうなのかもしれません。

「ばらの花」は私がくるりを聞くようになったきっかけの曲。
大学に入学して、今は理由を思い出せないけど仲良くしていた友人に勧めらたことがきっかけでした。
こんな事自分で書くのもなんですが、日記だから許してください。
その方に私の「詩」がこの「ばらの花」みたいだねと言われた事が気になったのかもしれません。
自然と仲良くなって喧嘩もしたし、一緒に馬鹿なこともした。
恋の相談もしたし、その逆もあった。
ひどく印象的な言葉をはかれたりしたけれど、そういえば
そんな「自然」と同じように気づかないうちに、話さなくなってしまって
写真や思い出を集めてもすくった砂が指先から零れ落ちていくように。
寂しい、のかな、こういうの。

話が急に湿っぽくなりましたね。(笑)

10月も終わります。本当に速い。
やる事ばっかり。切なくなってしまいます。

曰く「愛って後悔しないことなのね。」
この凄く語呂のいい言葉を一度飲み込んでみて、あれって思うのでつっかかっていました。
某宇宙刑事曰く「ためらわないことさ」もしくは「くやまないことさ」。
これも後悔しないこと、につながる気がします。
以前読んだ事があった「大久保町は燃えているか」がハヤカワ文庫JAでリバイバルされていて即購入して読んでみました。
ナチスに占領されている「大久保町」に間違ってはいってしまい、特殊工作員と勘違いされて巻きこれていく主人公。
爆発あり、軍人あり、気の抜けた話あり、美女ありで凄いノリなのは相変わらずで、それが良いところなのでしょうけれど(笑)
その「大久保町」のなかで出てきたフレーズ。
「後悔するな。君の選んだ事ならその選択も君の一部だ。」
そして、
「すべてを愛するというのは、そういうことだ・・・。」

ここでも出てきた後悔。
すべてを愛する、小説の登場人物でもない私には、あるいは年齢や経験の事もありまだ達する事の出来ない世界です。
言葉につられて丸め込むのは自分として感心できないことですが、
今回読み直して気になったフレーズだったんのでメモしてみました。

もう一つ
「弦司さんがこの世にいると思うだけで私は幸せ。それでいいの。」
こんなフレーズを最近、誰かから聞いた気がするのですが・・・。
もちろん私に向けてではなかったのですが。
誰がいってたかなあ・・・。

こう書くと「大久保町は燃えているか」は凄く渋いハードな作品のようですが、そうでもないですので気になったら是非。

望郷、時がたち以前いたどこかをいとおしむ気持ちもある意味
望郷と呼べるのかもしれません。
そこが故郷と呼べる場所であり、そう呼べる人がいたとするなら。

追記 過去の日記といただいたコメントを読み返して、はっとさせられることが多々あります。
またやっちゃったと思うことも。
私の場合はですが、人生前後より反復横とび的なところが多いと思えてしまいますね(苦笑)
読んでいただいた事、言葉をかけてくださったことに感謝します。
  1. 2007/10/28(日) 04:05:00|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

書く事への欲求のベクトルは右に左に乱反射

少し前に「読みやすい日記作成にチャレンジしよう!」と宣言しておきながら、いつもの調子です。
チェレンジは11月頭に持ち越しでしょうか・・・。
11月は頭から「25時間耐久駅伝」なるものに参加しますので!
思い返せば、8月の「東京紀行」の遊びっぷりも日記にしていないという。
「鉄は熱いうちに打て」とは、よくいったものです。
今の私には余計にしみます。

ノートに、PCに向うことに比較して、
自分の声をつかって言葉で気持ちを表現する事が苦手になっているのかもしれません。
以前から得意であったわけではないですし、前者についても言うほどではなく、単にコミュニケーション能力が下がっているのかもしれない。
自己反省からスタートです。
先日友人と話ていて以下の言葉が記憶に残りました。
「一人になると自分に甘えてしまう。友人や家族、同僚などといる事で緊張が生まれる。」
その人の性格や環境によるとは思いますが、私はこの言葉に同調してしまいました。
一人暮らしを長くしていると、「手を抜く」事や自分一人ペースが染み付いてしまって、思いもしないところでやらかしてしまうことがあります。
自分にとって完璧な理屈が実は穴だらけであったり。
よく痛い思いをします。

思い返すと今月はやたらとカレーと鍋ばかりをしていました。
鍋は6回くらい。
カレーは確か3回。そのうち2回はココナッツカレーが微妙で、翌日リベンジというカレー祭に。
去年は何かと工夫して、一人鍋などしていたので、
それに比べたら幸せものですね。
皆さん、鍋しましょう!
湯豆腐もしましょう!カレーもカマーン!



以下、朝の空気を吸い込んで出てきたもの。

入り口と出口が欲しくて、
ただ探すことが途方もなく思えて立ちすくんでしまう。

「落としもの、忘れ物。」

逃げる事に余りに一生懸命で、思い出と一緒に思いまで置き去りにしてきてしまったのだろう。
置き去りにされれば誰だって、寂しい。
置き去りにされた思いは、時間をかけてろ過されることないから
時を経て再会したときにどうしようもなく、
本当にどうしようもないから困り果ててしまうのかもしれない。
言葉に顔に態度に出しても表せない複雑な気持ち。

苦しんでもいいから、思いは今、貴方と共にありますか?


  1. 2007/10/26(金) 06:12:00|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

見つめる目線と向き合い目線、その先の風景




どうも春に始まるものは秋に終わるらしい。
夏に始まった恋は、次の春までには終わるらしい。
つまり長続きしないのである。

どういうわけでもなく、大学にはいって写真を沢山とるようになって
今では1000枚以上の写真があります。
ここ数年、人との別れがあるたびに、写真が減っていっていることがわかり、寂しくなってしまいました。
「だって写真になっちゃえば、私が古くなるじゃない」
と椎名林檎が歌っていました。
古くなることを怖がるのが、若者独特の心理じゃないのかなって、今思いました。
でも今の自分はどうだろう。
古くなった、生きてきたから今出会えるとも考えられる。
結局生きていく上で考えないで向き合うことはできないんでしょうか。

変な話になってしまいました。
今年の夏に、私は写真の力、新聞の力を衝撃的に知る事ができました。
夏の甲子園で、地元の高校が優勝し、私も文字情報や映像をとおしてその感動を「共有」しました。
佐賀出身というだけで、お酒の席で「がばい旋風」などと話題にあがったり。
後日実家に帰り優勝の翌日の新聞を見ました。
白黒ながらも力強い選手達の見出しと写真、応援していた地元の人々の歓喜を捕らえた写真。
写真、新聞のもつ迫力がそこには確かにありました。


写真家の篠山紀信さんがインタビューのなかで、アトランタオリンピックの取材のとうして以下のようなことをいわれていました。
「スポーツ選手の孤独や興奮、葛藤、勝負の短い時間での人間の変容はテレビで伝える事はできない。その一瞬、緊張は写真でしか表すことが出来ない。」
私はプロどころか写真通でもないし、こだわりがあるわけでもない。
だけど、映像ではなく切り抜かれた写真の表情に何かを感じてしまうものです。

今年の夏も東京で友人達に迷惑をかけつつ、楽しい時間をすごさせていただきました。
デジタルカメラの中に収められた100枚以上の写真にニヤっとしたり、反省したり見入ったり、色々な表情をさせられました。
一枚一枚ちゃんとアルバムに収めようと思っています。
  1. 2007/10/22(月) 02:25:00|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

頭クラクラ

昔のMDって再生したらいけませんね。

机の中から出てきたタイトルなしのMDがでてきました。
どうせろくでもないものが入っているだろうと思っていました。
音楽MDは数年前からMP3プレイヤー使うようになって、
収納の奥にしまわれているので、机の中に入ってるものは
どうせたいしたものではないと・・・。

放送研究会の時に脚本書いて制作に関わったラジオドラマでした。

いやー!

顔面早変わりで、挙動不審になれますね。
演技指導できない余り迷惑をかけるも、朝まで話に付き合ってくれた先輩。
連日の徹夜続きで、夜中に素振りをして気を紛らわしていた友人。
台風の朝、男二人で朝型テンションで脚本つめる作業した事。
主演の女性に徹夜作業を頼んで、その方の彼氏と険悪になった事。
今振り返っても、素晴らしい思い出だけとはいえないけれど。
今でもたまに思いだして苦い思いをする事はあります。
色々な意味で、刻み込まれて忘れないもの。


放送研究会繋がりですが、先日残った私物を回収しに部室にいってきました。
一人で行く勇気がなかったので、後輩と一緒に。
狭い部室とブースに女性が沢山いて、クラクラしました。(苦笑)
日常的に女性を接しないわけではないのですが・・・
定期的にあうのはGEOS関係者が多いわけですが。
なんでしょうね。どうしてでしょう。
大学祭の準備に忙しいようでした。
ステージ企画は11月3、4日のようで、私はその日
「25時間耐久駅伝」なる怪しい企画に参加する事になっており、見にいけないみたいで残念です。

しかし、私の名前を聞いて
「噂は聞いております」って笑うのは何故だ。
君はどんな噂を聞いているというのだ・・・(笑)
社交辞令万歳ですね。

ちなみに回収してきたのでは「リアルサウンド風のリグレット」のサウンドトラックでした。


昨晩寝る前に友人と軽く電話で話をしていて、何故かスラムダンクの話になり、そのときに思い出した恥ずかしい話を最期に、書きます。
小学生の時、私のクラスでは帰りの会の最期に歌を歌うという事になっていました。
その時の担任がバスケットボールクラブの顧問であることもあってか、
ある月、「君が好きだと叫びたい」を歌う事になりました。
丁度その時、隣の席に当時好きだった女の子が座っていて、
歌の時間になると一人でとても恥ずかしい思いをしていました。
君が好きだと、ある意味叫んでいるわけですし!

結局その子の事、中学に入るくらいまで好きでした。
好きだと叫んだか叫んでないかはまた別の話・・・。

深夜に思いだして、甘いような苦いような思いをしてしまいました。

  1. 2007/10/19(金) 17:32:00|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

気持ちの鮮度 不意に・・に始まり。

昨晩ボクシングの試合を見終わって、哀しいと思った。
元々格闘技はあまりみないし、どちらを応援するでもなくみていたのに。
それは経験とかテクニックとか、理詰めすることを許さない
ある意味とても感情的な哀しみ。



不意にというタイトルで色々な事をかいて、
突然PCがフリーズする。

私の言葉は永遠に電子の海に飲み込まれたまま?

その時、書いていた事を再起動してから、もう一度と思うと、
理詰めの作業のようで、色あせた気だるいものに感じてしまう。
昨晩のボクシングの試合のあとに、私が感じた直感的な「哀しさ」と
通じるところがあるんじゃないかと思った。
どんな形であれ支えようとする時に生まれる違和感。


不意に


若さは常に残酷さを伴うと思うことがある。
年を取る中で、オブラートの包み方を覚えていくのかもしれない。
まるでいつかの私を守るために。


ずっと自然に隣にいてくれる人を試してみたくなる。
それが無垢な強さか、意識している弱さから発するものなのか。
力強く、試してみたいと思うことがある。


昔の日記や手紙を読み返すときに、はっとさせられる。
どうして私はこの言葉に傷つき、心に刻み込まなかったのだろう。
どうして私はこの思いを忘れて、今こうして生きているのだろう、と。


きっとどんな道を選んでも後悔は付きまとう。
そうなれば、そうだからこそ、
ならばあの時に戻り、一人の人を傷つけない生き方をしたいと思う。


淡く酔い過ごす時間はきつい。
感情のベクトルを深く沈める事の出来ないままに、
それが乱反射して、思い出や気持ちに刺さるから。


今は言葉が先走りしすぎている時代だと思うことがある。
友人関係やインターネットでの、ささやかな交流と擦れ違いの中で気づく。
例えば、人の生と死。
例えば、明日の予定と天気。


不意になんてない音楽に風景を思い巡らせることがある。
あの曲にはこう。
恋文で織った紙飛行機を飛ばしあう恋人達。
ヘッドフォンをつけて手紙を抱きしめる女性。
机に向い言葉を捜す男性。
いつしか手紙を出せなくなり眠る女性。
男性の手紙を飛ばす先はゴミ箱に。

ヘッドフォンを外して歩き出す女性の足元に静かに舞い降りる
一通の紙飛行機。


全ては私の心の中の出来事。


過去から解放されることはないならば、
いっそいつも美しく生きたい、
いや行きたいと思う。


追記というなの日記

マイミクのイッシュウさんが「誰にでも分かる日記」作成にチャレンジされていました。
いつも心象メインで抽象的で分かりにくい日記ばかり書いている私として、氏の挑戦(?)に影響されたいと思ってきました。
一応「コメントしにくい日記ばかり。」というコミュに参加しています!
イッシュウさんの日記とコメントの中にあった、
「日記だから自分がわかればいい」-「他人(友人)に公開されている」ー「普通の日記と違う」という話に興味がわきました。
どう使うかは人次第ですし、そこに枠組みを当てはめるのはナンセンスですがMIXIがどういう目的としているコミュニティなのかを考える事が近い道かもしれません。
ブログは所謂日記とは違うようですが、実際には日記として使われているケースが多く、
昔流行した(昔か、トホホ)ホームページや簡単ホームページサービスも日記をメインコンテンツとした交流を求めるものであったとするなら、
以前からある日記とは違うものにシフトしていっていると考える事ができるわけで・・・。
逆に友人がMIXIを初めて、「これパソコン通信みたいやな」といっていた言葉を思いだすと、結局ネットに対するニーズの根本はかわっていないのか。
話の収集がつかなくなってきました。
ごめんなさい。

起承転結を意識してメリハリをつけ、
かつ生活の情報がありマニアックな叫びに終始しない日記作成を頑張ろうかと思います。
思うだけ、じゃダメですかね(苦笑)

でも、叫びます。


  1. 2007/10/12(金) 02:38:00|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

セガ・サターン

秋の夜長、いかがおすごしでしょうか。

ちょっとした弾みで、セガサターンを収納の奥から出してみました。
このサターン、「リアルサウンド風のリグレット」を遊ぶために、去年友人から貰ったもので、自分のものは引っ越しの際においてきました。
貰ったものの、使われないままでいたセガサターンで、今少し遊んでいます。

昨日はいわゆるサウンドノベル、テキストアドベンチャー形式のゲームで遊んでいましたが…
どうも、トラウマが(苦笑)頭上からの上木鉢落下や偽者、二重人格による妨害を匂わせるシナリオや謎。
いつ主人公が悲惨に殺されるかひやひやしてじいます。

年甲斐もなくひやひやしながら、やってしまいました。ダメですね。
ファンタジックな落ちがつき、取り越し苦労なわけで、よかったのですが。

しかし、今更セガ・サターンとか考えもしませんでした。あまり過去に沢山ソフトを遊んだハードではありませんが、懐かしさがあります。

サターンを出してきたので、この際「リアルサウンド風のリグレット」をまたやってみようかと思ってます。
映像がまったくない地味な作品ですが、寒くなる秋の夜長にゆっくりときいてみたいなと。


またマニアックな日記になりました。また語ります。


  1. 2007/10/06(土) 18:48:00|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

衝撃だったぞー

佐賀の秋空をバルーンが彩る。

私の思い出いっぱいに膨らんだバルーンも、きっと何処かを飛んでいるだと、思う秋の日。

提出レポートで佐賀で行われるバルーンフェスタのネタを書く事になって、
私にとってバルーンは思い出で膨らんで飛んでいる、
などと書いて提出しようかと20分ほど迷い、
結局当たり障りの無い文面で提出しました。
切り札はとっておくものです。

冗談はさておき、バルーンを思うと冬の到来を思ってしまいます。
秋もまた早く過ぎて行きます。

先日病院でぼーっとテレビを見ていたときに、素敵な衝撃に出会いました。
その病院では無音TV放送がされていて、
正確な内容はわかりませんでしたが、以下のような内容だったと思われます。
ローカル番組で最近は男性も化粧をする!身だしなみに気を使う時代という前提で、二組の男性を取材していました。
一人目は15歳の中学生で、彼は毎日洗顔をし、ワックスをつけるおしゃれをしていると言うものでした。
衝撃的だったのは二人目。
二人目の彼は、23歳のスーパー勤務。
「目覚ましテレビ」のかるべアナ似の絵に描いたようなスーパーの若者。
彼は接客業でありながら、身だしなみを気にした事がないということ。
そんな彼には20歳の眼鏡っこの純朴そうな彼女がいて、一緒に写真をとるということに。
この流れだと、よく昼にある「亭主改造計画」のように
カリスマ美容師に色々言われながらカットしてもらい、ちょっといい服を買ってコーディネートしてもらう、という流れがあると予想されます。
しかしこのローカル番組は
男性が美容室にいき、「いまどきの若もの風にしてください」
とたのみカットしてもらおうだけで、
彼女との約束の場所に・・・。

そこに登場した彼は、よりかるべアナっぽさが増量。
満面の笑みに眼鏡、超ネクタイ。

そんな彼を見て、音声がないから正確なリアクションはわかりませんが、
彼女はうつむいて、顔はみるみる紅潮していき・・・
下に字幕で「すごくかっこよくなったね」
そして彼女の目に涙が。

衝撃がはしったぞー!
彼がどうこうとか言うわけではなくて、
ありきたりのリアクションではなく、彼女の素朴(?)なリアクションに
胸打たれてしまいました。
ああ、素敵。

長くなりました。
どうしても、長くても誰かに聞いてほしい事ってありますよね。
真面目じゃない意味でも。
前回の「雨の中のカップル」の話みたいに。
その二人の未来に、乾杯。
  1. 2007/10/04(木) 17:35:00|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

10月

片思いは片思いのままでいることが幸せななのかもしれない。

比喩的な言い回しです。

風が大分冷たくなって、寂しい。
  1. 2007/10/01(月) 01:37:00|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

ビーフィーター

Author:ビーフィーター
ビーフィーター
恋文職人
出せない手紙は、読まれないどころか、
食べてもらうこともできないのに。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる